六波羅蜜寺がある六波羅の一帯は、
平安時代には鳥辺野(とりべの)に近い場所でした。
鳥辺野は、当時の葬送地のひとつです。
都の華やかな中心から少し離れ、
死が日常と隣り合わせにあったこの土地で、
六波羅蜜寺は創建されました。
六波羅の地名と歴史
六波羅という地名は、平安時代後期から史料に登場します。
都の中心からは外れていながら、
この一帯は政治や社会の動きとも深く関わってきました。
鎌倉時代には、幕府が京都を監視するために
六波羅探題が置かれたことでも知られており、
時代の緊張と隣り合わせにあったことが分かります。
六波羅蜜寺の創建と空也上人
六波羅蜜寺は、平安時代の中頃に創建されたと伝えられています。
当時の都では疫病が流行し、人々の不安は大きなものでした。
その中で活躍したのが、空也上人です。
市中を歩きながら念仏を唱え、人々に寄り添った僧として知られています。
華やかな仏教儀礼とは異なり、
空也上人は、市中で念仏を広める活動を行いました。
六波羅蜜寺が伝える貴重な仏像
六波羅蜜寺は、境内こそ大きくはありませんが、
数多くの貴重な仏像を伝える寺としても知られています。
本堂に安置されている十一面観音立像は国宝に指定されています。
(※十二年に一度御開帳されるため、普段は見ることができません。)
「令和館」には、空也上人立像が安置されています。
口から六体の阿弥陀仏をあらわすお姿はとりわけ有名です。
また、地蔵菩薩立像や平清盛坐像など、
歴史を感じさせるお像が多く集まっています。
その中で安置されている四天王像も、
六波羅蜜寺に伝わる仏像群のひとつです。
六波羅蜜寺の四天王の特徴
六波羅蜜寺の四天王像は、「令和館」に安置され、
薬師如来像を両脇でお護りするように配置されています。
四天王とは、仏教世界を守るために四方に配置された守護神であり、
それぞれが東西南北を守る役割を担っています。
六波羅蜜寺では、空間が比較的コンパクトであるため、
四天王像との距離が近く感じられます。
目線に近い高さで配置されており、
表情や姿勢を間近で確認することができます。
持国天、広目天、多聞天は平安時代のお像ですが、
増長天は鎌倉時代に補われたお像です。
他の三体のお像の表情が少しやわらかいのに対し、
増長天は力強い表情をなさっているのが間近で見るとわかります。
一般的な四天王の説明については、下記【関連記事】の、
『四天王とは?』の記事で詳しくまとめています。
まとめ
六波羅蜜寺は、鳥辺野に近い土地の歴史を背景に、
空也上人の活動とともに成立した寺院です。
境内は大きくありませんが、
空也上人立像をはじめとする多くの仏像が伝えられています。
四天王像もまた、薬師如来像を守護するように安置され、
六波羅蜜寺の仏像配置を理解するうえで重要な役割を担っています。
このほか、境内では、銭洗い弁財天様をお参りすることができ、
清盛塚、阿古屋(あこや)塚など、
歴史的な供養塔、宝塔を見ることもできます。
実際に訪れた際に感じた印象については、
別の記事であらためてまとめています。
ちびくま
六波羅蜜寺基礎情報(アクセス・拝観時間・拝観料)
■ アクセス
・京都市バス:京都駅から 206 系統、清水道下車、徒歩約7分
・京阪電車:清水五条駅下車、徒歩約7分
・阪急電車:河原町駅下車、徒歩約15分
※下記に六波羅蜜寺周辺の地図を掲載しています。
■ 拝観時間
8:30〜16:30
(※令和館の開館時間は 9:00〜16:15)
※季節や行事によって変更される場合があります。
■ 拝観料
大人:600円
大学生・高校生・中学生:500円
小学生:400円
※詳細・最新情報は公式サイトをご確認ください。
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